So-net無料ブログ作成
検索選択

ニカラグア 25日め(脱日本288日め)・・・7.Marzo de 2008(viernes) [Nicaragua日記]

cementerio-140.jpg
cementerio-134.jpg
cementerio-125.jpg
 恒例のお墓参りに(笑)。。。着いてすぐにびっくりさせられたのは、その豪奢さ。。。cementerioの入り口から墓所内に設けられた小さな教会まで、ヤシの木の並木道が続いているのにも驚かされたが、その両側には、これまで見たこともないような規模の墓が並んでいる。。。ちょっとした庭付き一軒家の敷地だ。。。豪奢な墓石はこれまでもたくさん見てきたが、こんな規模の敷地を有しているひとつひとつの墓は見た記憶がない。。。ここGranadaはかつてそれほどまでに入植地として栄えていたということだ。。。そして現在も尚、彼らの子孫がここGranadaには脈々と続いているのだろう。。。
cementerio-044.jpg
cementerio-048.jpg
 教会の背後に再び、豪奢な墓碑がずらりと並んでいる。意外にも隙間なく建立されている所為で、中へ入ってゆくには墓所の縁を踏んでゆくしかないが、その膨大な数はやはりGranadaの富裕層の多さを物語っている。。。どんどん奥へ進んでゆくと、定石通り貧しい人々の墓地が現れる。。。だがそれらは唐突に現れる。。。徐々に慎ましやかに(質素に)なってゆくのではなく、いきなり貧しい人々の墓石群が現れるのだ。。。富める者と貧しき者たちの二極化がハッキリしている。。。中間層というものが欠如しているようなイメージだ。。。ガイドブックにはGranadaは保守的なところのある町だと書いてあったが、富裕層は下層階級と交わらずに自分たちの家系を守り続けてきたのだろうか??。。。これまでの墓所では必ず、新興市民の墓碑が中間層として簡素なものながらもキレイに整えられていたが、ここではそういったものがほとんど見当たらない。いきなり墓碑銘のないような十字架だけの荒地が出現するのだ。。。まるで白人系と先住民しかいない町のようだ。。。アメリカ南部の"保守的"と言われる部分と重なり合う現実だ。
cementerio-073.jpg
cementerio-076.jpg
 荒地のような墓所を奥までゆくと(この荒地は雨季には泥土と化す類の土だ。モチロン、豪奢な墓碑の土地はきちんと整備されている)、新たに造成中の墓所が壁で区切られた奥に出現する。まだ新しく真白なそれは明らかに富裕層のものだ。。。4基から5基くらいが建立されいるが、広いこの区画は壁で仕切られたままになるのだろう。明らかに富裕層専門の区画として(先に書いたように富裕層の墓地は立錐の余地もないくらい鮨詰めになっている)。。。その手前を折れてさらに奥へ向かうと、乾季の所為で干上がっている小川の向こうにさらにちっぽけな十字架群が広がりを見せている。。。貧しき者たちは奥の平坦な造成された敷地へとは入り込めず、迂回して川向うへと押しやられてゆくのだ。。。
cementerio-083.jpg
cementerio-093.jpg

 このGranadaでは革命の記念碑や壁絵は一切見かけない。。。Granadaは内戦当時も保守派(反革命派)の牙城であり続けたのか。。。だが、コントラは北のホンジュラス国境から侵攻してきたはずだ。コスタリカ極右の存在は知られていたが(米国の資金援助が背景にあった)、南部とは言えコスタリカ国境からは程遠い。。。革命政府が樹立された当時のGranadaはどのような状態だったのだろうか。。。富裕層を解体せずに存続させたものはいったい何だったのだろう(そんなことが可能だったのだろうか。※1)。。。ここではニカラグア革命は切り捨てられ、スペインからの独立とその英雄を称える碑が建立されているに過ぎない。。。そして貧富の差はどこよりも混じらざるものとして線引きされたままとなっている。。。

 ※1) ひとつの可能性。。。20世紀末に起こった革命は、革命政府による富裕層の一方的処刑を許さなかった(カンボジア革命、イラン革命以降の国際社会の圧力による)。。。かつての革命と様相を異にし、"人道的立場という国際社会の圧力"に配慮せざるを得なかった革命政権は、少なくとも自国内での革命法案に基づく合法的な富裕層の解体と農地財産の接収を図らざるを得なかった。。。それが故に富裕層の解体・壊滅に失敗したと言えなくもない。もし彼らが反革命勢力を支持した富裕層の追放(処刑を含む)強制的解体・壊滅に直ちに着手・成功していたとしたら、その後のニカラグアの歴史は現在のものとは様相を異にしていただろうことは確かだ。。。"国際社会の求める人道的立場"。。。この場合は、それが革命の果実を無意味なものにし、現在~未来へと至る富の不均衡をより確定的なものとして肯定してしまったのだ。そういう意味では国際社会全体もまたニカラグア革命の頓挫(貧富の差の固定)に対して或る種の責任を負っていると言えなくもない。。。確かにこの問題は難しい。。。革命成果の進行遅滞とそこに付け込む形の米国の反革命武力介入。。。そして革命の崩壊。。。だが国際社会がこの問題に知らぬ顔を決め込むのは間違っている。。。ニカラグアの貧困問題は彼らが自分たち自身で解決できそうな瞬間に、国際社会によって"待った"を掛けられたまま、米国の武力介入によって頓挫したのだ。

※追記) ここへ来る前に滞在したMasayaでイスラーム系の住民やアラブ系の名前の看板をいくつか見掛けた。。。パレスチナ大使が語っていたアラブ人コミュニテイというのはMasayaにあるのかも知れない。。。機会を見つけてMasayaのcementerioにも足を運んでみたい。。。

------------------------------------

 午後12時半前にケータイ電話がなる。昨夜、訪れて今日の1時に会う約束を取り付けたオーナーからだ。"どうしても出掛けなければならなくなったが、興味があるので、明日の1時に約束を変更してくれ"という内容だった。。。モチロン、即座にOKする。。。これは意外に脈ありかも♪

 予定もなくなったので、Granadaの町をあちこち歩く。。。考古学博物館などにも足を運んでみるが、目ぼしいものは何もない。。。Dardanelosダルダネロス橋という名前を地図に見つけて探し当てたが、別になんてことのない橋。。。それどころか、先日Parque Sandinoサンディーノ公園という名前を見つけて散策した時に通ったドブ川に架かるごく普通のコンクリ製の小さな橋でしかない。。。なんで??。。。(ちなみにサンディーノ公園も名前だけでサンディーノの彫像ひとつありません。管理事務所に訊くと昔から別に何もなかったようで、最近は"Parque de Poetas詩人たちの公園"と名前を変更して、詩を刻んだパネルをいくつか配置してあるのだけど、"何の謂われもない"そうです。笑)という訳で観光客も誰も来ません。。。すぐ隣りに古い駅舎とSLが展示されているが、わたしには何の興味もなく、しかもせっかくの展示にも関わらず、現在は研修所となっているため立ち入り出来ないらしい。。。意味ないやん。。。
 
 ブラブラついでに、やっと自炊可能な安宿を見つけました♪しかも同じ5$で、トイレ・シャワー付!!なんで??(笑)。。。明日からそっちへ変わります♪。。。ついでに例の中華レストランへ顔を出して、部屋代と、わたしの仕事の相殺は出来るのかと尋ねてみましたが答えは"No"。。。というか、本当にお客さんの一人もいなくて、潰れそう。。。部屋を見せてもらったが、20畳はありそうなだだっ広いロフト。。。ベッドも扇風機も、ライトも何もない。。。オーナーは"是非、借りてくれ、ここは夜はとても涼しいから扇風機なんていらないんだ"、"1ヵ月分のお金を払ってくれたら、こっちでベッドを買うから"とも言うが、ベッドだけでもどうしようもない。。。それに家賃の支払いすら滞っているみたいで、とにかくお金がないらしい。。。とてもじゃないが住めませんし、仕事を依頼してくれる可能性もないと見切りました(笑)。。。人柄はいいのに、近々潰れる店ですね。。。まぁ、場所もよくないし、宣伝もしてないし。。。珍しく中国人オーナーによる中華レストランなのに残念です。。。

 ここGranadaへ来てから6日間、お昼はビュッフェでいいとして。。。毎朝毎晩、同じ店で買ったパンをそのまま齧るだけでしたが、これで明日からコーヒーを淹れて、ベーコンエッグなり焼いて、チーズ買って食べれます♪冷蔵庫も使えるので4リットルの大きな水を買えるから凄く助かる♪(1.5リットルを町中で買えば、スーパーの4リットルより高くつく)まあ、あまり自炊に凝ろうとすると却ってお金が掛るので、簡単なものに留めておこう(笑)

 さて、明日からまた仕事しよっと♪働かねば。。。
nice!(2)  コメント(0) 
共通テーマ:旅行

nice! 2

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

関連リンク

メッセージを送る

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。